今、シネマ5は、ほのかにバラの香りがします。
「パーマネント野ばら」の公開に向けて、たくんのバラの差し入れをいただきました。
クラシックな形のバラたちは、「パーマネント野ばら」にぴったり。
素朴でワッと明るい感じなのに、はらはらと花びらが散って
とてもはかなげ・・・。
ああ、今日もどこかで野ばらたちは恋をしてるのねー。
新しいスタッフが入ると、私は毎日が体力勝負になる。
なぜなら、怒るからだ。
叱るのではなく、いかる・おこる。
ヒステリック・・・である。
これは、新しいスタッフが若ければ若いほど、私は怖い。
と、ここまで読むと、かなり横暴・いじわる・いやみな上司だ。
が、それがねらい。
毎日、シネマ5のバイトに行くのが、出がけに一度は「あぁ、いやだ」と一瞬よぎってほしい。
それを上回る映画への面白さが、彼らをシネマ5の労働へと惹きつけてほしい。
そうならないかなぁ・・・と思いつつ
私は毎日体力をつけて、出勤する。そして1日で体力を使い果たしベットに倒れ込むほど、真剣に怒る。
ま、これは理想で、実際は怒られたことなど忘れて、彼らはやって来る。
「支配人と映画の未知なる話が今日はできるだろうか・・・」などと考えながら。
(支配人とそんなに毎日話せる訳ではないが・・・)
いつも良いことがおこり、いつも良い人と出会うばかりではない社会生活の始めの頃で、
こんな嫌みな上司に会うのもまた良いのではないかと思うのです。
若くて柔軟で、再生力が強いうちに。

いま、上映している「牛の鈴音」(うしのすずおと)http://www.cine.co.jp/ushinosuzuoto/index.html
この中にでてくるばあちゃんが、とにかくいやみだ(笑)。
このばあちゃんの口の悪さにはまいった。あまりの悪口に、辟易・・・ではなく、ちょっと笑ってしまう。
映画を見終わる頃には、ばあちゃんがかわいらしく、愛おしく見えて来る。
そして、私は大泣きで画面を見つめているのですが。
「牛の鈴音」は、このばあちゃんと60年連れ添ったじいちゃんと、
そのじいちゃんと農作業を30年も一緒にしてきた牝牛のドキュメンタリーである。
牛は本来、15年くらいの寿命だそうですが、この牛はもう40年も生きている。
もちろん牛は無口だ。じいちゃんはここぞと言う時に、鋭い言葉を発するのみでいつもはしゃべらない。
そして四六時中、不平不満を口にするばあちゃん。
この絶妙なコンビネーションに、まいってしまうのだ。
不思議なドキュメンタリー作品です。
自然に生きるって、こういうことかもしれないと・・・。
シネマ5にはめずらしく8週間のロングラン。
残すところあとわずか。
見逃してほしくない、作品です。(レンタルDVDにはならないよ。多分)
「牛の鈴音」のばあちゃんに親近感を抱きつつ、
私は今日も怒るのである。
良く知らないもの、
こと、
なのに、
それにおもわず感動することないですか?
私はちょくちょくあります。
映画はもちろん。。。。。
ストーリーや演技力、画面のアングルの美しさなどなどを飛び越えて、
なにがなんだかわからないけれど、
ごーんと深く・濃く・重く・軽く・自由で・光っている。
そんなものにときどき出逢います。
それを芸術、アートと呼ぶのだろうか・・・。
でも、そんな言葉で呼びたくない。
つまり、説明や理屈・理由がない。
言葉にも簡単には言い表せない。
でも、それは人を幸せにする。
そんなもの。
今日、というか昨日15日、音の泉ホールで、
ベートーベン作曲 チェロとピアノのための全作品 演奏会
石川団十郎&マルクス・シルマー
のコンサートへ行って来ました。
日頃クラシックをじっくり聞くことはあまりないし、
よくわからないけれど・・・・・。
でも、何かがうねっていました。
今回は明るく澄んだ光のような、日差しのような、
そんなものがこの団十郎とシルマーの演奏している上の方に。
ベートーベンの曲!! って意識して聞いたことなかったので、あまりのやさしいさにびっくりでした。
チェロの音もあんなにやさしいとは。
ときどき、こんなふうに意味なく押し寄せる幸せな出逢いがあります。
明日16日、また聞きに行きます(音の泉ホール19時にて)。
明日のベートーベンはどんなだろう。
この二人はどんな演奏をするのだろう。楽しみ。です。
当日券も多分、まだちょっとはあると思います。
興味のある方は、この機会にぜひ。
毎日ぼやーっとしてる、中途半端な私にもってこいの出来事。
明日13日(土)から始まる映画『ドキュメンタリー頭脳警察』http://www.brain-police-movie.com/
1部、2部、3部に別れての上映ですが、
全3部見ると5時間14分!!!!!!
半端じゃない長さですが、
このロックバンド頭脳警察の人生は、もっと半端じゃない。
見ごたえたっぷりです。
そして、なんと明日の初日は、監督・瀬々敬久さんが来場!!!
舞台挨拶、トークショーが決定
めったにない機会です。
興味のある方は、ぜひ!
大寒も過ぎ、2010年の1月があっという間に過ぎようとしています。
みなさま、いかがお過ごしですか?
遅くなりましたが、本年もよろしくお願い致します。
久しぶりにカクラを覗くと、もの作りしている人っていいなぁ、とあらためて思います。
料理や陶芸、家具、建築・・・1日中その仕事と向かい合う、ある意味、一心不乱、静寂な時間。
うらやましく、あります。
年明けのシネマ5は、社会状況と同じように、厳しい風が吹いています。
2010年の低空飛行の幕開けです。
それで、あせっています。とても心穏やかではいられない。
こんなに面白い作品勢揃いでも、なかなかその良さは伝わらない。
あれやこれや忙しく、無駄に焦りまくり動きまくりじたばたしてます。
かなりの空振り、空回り。
そんな中で、じっくり考えさせられる映画が
今上映中の『脳内ニューヨーク』。
あるニューヨークの劇作家が自分の頭の中の“理想の今”を、壮大な舞台にしようと
大きな空間の中に、今住んでいる日常の景色を写し取ったようなニューヨークの街角を再現し、
自分を演じる役者を配置し、日々を演じさせる。
が、しかし現実が現在進行形であるために、舞台も現在進行形でいつまでも完成しない。
まるで、自分の人生を外から眺める神の目線である。
でも、それさえも舞台の中に、組み込んで、現実も舞台もごちゃ混ぜになっていく・・・。
生きて行く限り、変化し続けるこの舞台は、というかこの映画は
見終わった後の私の生活までも巻き込んで、
もう2週間ぐらいこの映画の中の現実の中で、私的な思索が続いています。
まるで、小さい頃にどこかで聞いた、
目を閉じると夜になり、目を開けると昼になるという話を思い出す。
今生きているこの自分自身の存在が、結局のところ、自分が”感じていることに過ぎなくて、
他人と関わりを持っても、結局は自分が感じていることの中から、相手の気持ちを推しはかって感じるだけである。
自分が他人でない限り、その人のことを完璧に理解できない。
(ほら、ごちゃごちゃになってきた・・・汗)
もはや、世界は自分の中にしかない、という現実にぶち当たる。
もちろん、生きている限り、外から自分が予測していないことが身に降りかかるのだけれど
それを感じ取るのも、また自分の感覚でしかない。
人って不思議です。
本能の欲求とは別に、思ってもみない意外なことを考える。(この映画の監督チャーリー・カウフマンも)
動物にはありえない(食物を食べ、昼と夜を繰り返すだけではない)
時には欲求とまったく反対のことをしてしまったりする
人間という不思議な思索エネルギー物体。
本当に目を閉じる時に、やっぱり自分の世界は終わるのかと思うと
今(これからを)、どう過ぎて行けばいいのか、(より深く感じ取る敏感な思索物体になるためには)
それを考えて、また心ざわざわしてしまうのです。