
- ―スノーボードを始めたきっかけは?
- 高校卒業して18歳の時からなんで今14年目です。実は高校生の時は甲子園目指して野球やってたんですよ。結局甲子園行けなかったんですけど。でも、甲子園だけが目標の高校生だったんで、それがなくなったら何をしていいのかわからなくなって、他にやりたいこともなくて抜け殻みたいになってました。ある時、テレビで掛布さんが正しいバッドの握り方を披露してたんですね。それまで十何年も野球やって来てたのに、自分は基本ができていなかったことに愕然としました。同時に基礎の大切さを学びましたし、指導することに興味をもちました。
それから野球を見るのも嫌で、卒業して一応就職はしたものの何か燃え尽きれないものがあって、半年後には雪山に行くという衝動にかられて山に籠ったんですよ。当時はなんでもよかったんです。スノーボードじゃなくても何か熱中できるものがあればそれでよかったんですよ。ただ、それまではチームプレーしかしたことなくて、人の管理下でしかスポーツをやってこなかったから、個人競技にチャレンジしてみたくて。ひとりで自分だけの力でどこまでやれるか試してみたかったんです。

- ―なぜ趣味ではなくはじめから山に籠ったんですか?
- 基礎が大事だということを身にしみてわかっているので、我流ではなくちゃんとスクールできっちり学びたいと思って。そして、なるべく早く指導者になりたかったんです。最初は白馬に行ったんですけど、次の年に長野五輪が開催されることもあってスノーボードがすごくクローズアップされた時でした。そこからいろんな人に出会い、いろんな山を紹介してもらって虜になりました。
白馬でスクールのインストラクターの資格を取った後は、大会に出るために山を転々としてました。当時はスクールのインストラクターだと滑るということしか教えていなかったんだけど、今後跳んだり、技を決めたい人が出てくると思っていろいろ出来た方がいいなと考えたんです。それにはまず自分が一回り大きくなっていかないといけないと思って競技に参加したりしてましたね。
- ―山を転々とおっしゃってましたがどれくらい行ったんですか?
- スノーボード始めてから10年間、日本、海外含めるとだいたい約80ヵ所ぐらいでしょうか。1年中雪山を求めて転々と。スクールのインストラクターの仕事をしながら大会に出てました。雪に小さい頃から慣れ親しんでいるわけではないのでやっぱり、滑って回数重ねていかないと北海道や長野の人たちに勝てるわけがなくて。だからとにかく滑る場所を求めていったんです。
一番印象に残ってるのは山形の月山ってところです。そこは7月ぐらいまで滑れるんですよ。逆にハイシーズンは雪崩がおこるので滑れないんです。春に雪解けがはじまってオープンするスキー場です。本当に景色が抜群で、日本じゃないみたいなところなんですよ。あと、ワンルームに6人で住んだり、お金がなくなってゲレンデにテント張って暮らしたりしてました(笑)。
- ―山を転々とした後は?
- ちょうど10年経ったころにスノボードショップのストアマネージャーをやらないかと話を頂いたので、山を転々とする生活を終了しました。僕自身、滑るということに関してはそれまでずっとやってきたけど、道具の知識に乏しい面があったので勉強の意味も含めてそっちに転換しました。ある程度は道具についての知識はあったけど、突き詰めて行くと知らないことも多かったので、この先スクールをやっていく上でも役に立つし必要になってくると思ったんですね。
実際、すごく大変でしたけど勉強になりました。作り手さんたちと直に触れ合えるので、道具についても基礎から学べましたし。でも、職人さんが作った本当にいい道具が伝わりにくくなっていると感じています。今はインターネットが普及しているので平行輸入品を安く売ったりとか、値崩れおこすような安売りばかりして、消費者もそれにのっかっていく。専門店という意味を見つけ出すのが難しかったし、プロショップって何?って僕自身も思うこともあり、すごく難しかったし考えさせられました。
10年間で山を知って、プロショップで3年頑張って、ひととおり業界も見て大分に帰ってきました。


- ―なぜ雪山の少ない大分に帰ってきたのですか?
- 今まで自分がやってきたことを逆に雪がないことを活かしてみようと思ったんですね。みんな雪がないと滑れないと思うんですが、僕からしてみれば板があればどこでも滑れるという感じなんですよ。七瀬公園の芝で滑ったりしてましたよ(笑)。まぁ、転げ落ちてましたけど(笑)。雪がなくてもアイデアひとつで滑れるというプラスの方向で伝えて行ければなと思って、手始めに「CHOCOLATE MIX PARK」という一年中滑れる場所を作りました。
- ―「CHOCOLATE MIX PARK」とはなんですか?
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今はもう閉鎖している年中滑れる人工芝スキー場があった山を借りて作った人口スノーボード場です。自分たちで草をむしるところから始めて、全部手作業で作っていき、ようやく滑れるようになりました(笑)。実際あの山行って、楽しそう、滑りたいって人はそういないと思うんですよ。マニアじゃないかぎり。うまくなることだけが全てではないけど、やっぱり一年中スノーボードをやるからわかることがある。見方が変わってくるんですよ。普通だと滑りにくそうな雪山でも、あそこでジャンプしたらおもしろそうとか、このルートで滑ったらよさそうとかどんな雪山でも楽しめるようになる。シーズンだけだとホントにレジャーになってしまうから。
ファンとしてのスノーボードもいいですし好きですが、僕はスポーツ、競技としてのスノーボードを広めていきたいんです。スノーボードはオリンピックの種目にもなっているけど、あまり注目されない。それはやはりスノーボードがスポーツとして弱いんですよ。かといって今やスノーボード人口は400万人といわれているので、サーフィンやスケートほどコアなスポーツでもない。でも、これだけやってる人が多くてやってる層も幅広いのでスポーツに変わっていく人がでてきてもいいと思うんです。それにはやっぱり「一年中できること」というのが必要かなと。ああいう場所で、どれだけやれるかわからないけどチャレンジしていきたい。それもまた自分の経験値となり次に繋がっていくのかなと。
- ―スノーボードの面白さってなんですか?
- 室内競技や球技と違って自然が相手なんで、場所によって景色も違うしコンディションも違う。そこが一番の魅力です。いろんなところに行きたい、いろんな山を滑りたいってなるんです。日本にもこんなとこあるんだなとか発見があったり、行く先々で出会う人たちもたくさんいてすごく楽しいです。個人的には、自分の身体ひとつで技をきめたり、やることがつきないところですかね。そのスタイルというのはそれぞれが持つ固有のものなので、誰とも比べる必要もないし、本当に自分らしさを追及できるものなんですよね。
- ―今からスノーボードを始めるにはまずどうしたらいいですか?
- いきなり道具を全部揃えちゃうとお金かかっちゃうんで難しいと思うんですね。でも、レンタルはやっぱり所詮レンタルで、僕もインストラクターずっとやってきて、正直ひどいものもたくさんあるんですよ。本来だったら一日でターンまでできるようになるのに、道具のせいで何日もかかったりってのも実際あります。
やっぱり、「なんでもいい」では上達は難しいけど、最初からお金かけられないというのもあるので、まずは自分にあったブーツを手に入れることですかね。合ってないブーツを履くとうまくいくものもいかないし、怪我をするリスクが高くなるのでまずはぴったりのブーツを見つけることです。あとは、九重とかだと堅いのでお尻とか打っちゃうと痛いんですよね。なので、プロテクタをした方がいいです。特に女性の方は。最初に嫌な思いをすると二度とやる気にならなくなったりするので。そして、できれば我流ではなくスクールで教えてもらうといいと思います。

- ―今後の展開と目標をおしえてください。
- やっぱりスポーツとしてのスノーボードに発展させていきたいです。まだまだ自分自身が発展途上なんで確立したものはないんですが。もっと経験して、60歳になった時にスノーボードの学校が作れればいいかな。それまではいろんなことに挑戦して、まだまだいろんなところを滑って。目標は90歳になってもスノーボードをしていたい。おじいちゃんになってもカッコいいウエアを着てスクールで子どもたちにスノーボードを教えていたいですね。
















