
- ―下駄職人になったきっかけは?
- 下駄職人になってちょうど三年目ですかね。昭和23年(1948年)に創業して61年、僕で3代目です。高校卒業して別の仕事に就いてたんですけどやめちゃって、本当は後を継ぐつもりじゃなくて次の仕事を見つける間だけ「手伝わせてくれ」って言って始めたんですね。親はこの業界は景気が悪いから後は継がせんって言ってたんですよ。先が見えない商売だから。ずっと、うちの親父の口癖が「学校出てすぐは継がせない」と言ってたんですね。自営業なんで甘えが出るからちょっと社会に揉まれてこいみたいな感じだったんですよ。そしたらある日親父が「やってみるか」って言ってくれて。
- ―やってみてどうでしたか?
- 最初は景気が悪いとか言ってるからサラリーマンしてる方がいいと思ってたんですよ。でも、やってく中で、こういう下駄はどうかなとかアイデアがどんどん湧いてきて面白くなってきました。例えば僕、バイクに乗るんですが、たまたまバイク屋に来てた人から「イルカの絵が描かれてる下駄が欲しい」って言われたんですよ。で、そのバイク屋さんからエアブラシができる人を紹介してもらって、イルカの下駄を作ってみようと思ったんですね。でも、うちの母親からはコストかかるだけって大反対されたんだけど、親父が「やるだけやってみたらいい」って理解してくれて。そういうのもあって、いろいろ新しい下駄を作れるようになって面白くなりましたね。自営業なんで自分の意見も取り入れやすいし、ホームページを始めてお客さんの声がダイレクトに聞けるようになった。売り上げよりもお客さんを喜ばせる事が楽しいです。
- ―作業行程を教えてください
- 日田下駄は完全分業制なんですよ。まず、山から木を持ってきて、丸太の状態で数年置いて乾かして四角に切るだけの人がいて、今度はそれを仕入れて下駄の型に切り出す人がいる。うちはその型になったのを半年から長いときは2~3年置いてさらに乾かして、焼いたり削ったりなど加工して、鼻緒を着けて商品の状態にする行程をやっています。
- ―下駄を制作する上で気をつけていることは?
- 相手が自然の木なので、中には重たかったり見た目の悪い木があるんですね。いつも親父が言うのが「自分がお客さんの立場に立って買うかどうか。自分が買わないと思ったら無駄でも捨てろ」ということ。なので、ほとんど捨てちゃうんですね。履く分にはぜんぜん問題ないんですが、ちょっと重たいとか、節があったりとか。本当は重たい方が中が詰まってる証拠なんで丈夫なんですよ。でも、重たいって言われるから。普段履いてるようなその辺の靴の方が重たいのにね(笑)。
- ―木材について教えてください
- 日田下駄は伝統的に建築材で余ったというか、建築では使えない山の中に置き去りにされているような杉の木を使ってるんですね。江戸時代から日田下駄はずっと杉材です。だから、観光地になっている豆田とかで、「桐下駄」って売ってるんですけど全部中国製品です。日田下駄の桐っていうのはまずありえない。商標登録されている「天領日田下駄」というのは日田杉を使っているのが条件なんですよ。でも、日田で売ってる6割くらいが中国製品。中国製品と一緒に並べられるのが嫌なんですが、役場も小売りにまで口を出せないみたいで。非常に残念です。
- ―ホームページを見ると個性的な下駄がありますね。
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もともとうちは卸屋さん相手で、小売り業をしてなかったんですね。中国製品が日田下駄として出回っているので、うちでも何か対策をと思ってインターネットで直売を始めたんですよ。まだ始めて2年ぐらいですけどね。中国製品に価格競争ではかなわないけど、品質では絶対に負けない。少しでも本物をわかってくれる人に買ってもらいたいとオリジナル1足オーダーをはじめたんです。好みの生地を敷いたり、手持ちの生地で鼻緒までオリジナルで作ることができます。最近では、映画「ヤッターマン」で深田恭子さん演じるドロンジョ様役と生瀬勝久さん演じるボヤッキーの下駄を作らせてもらいました。他の下駄屋さんにはいろいろ言われますけどね(笑)。
ヒール下駄やミュール下駄は、お客さんからヒールの高い下駄はできないかってずっと言われていたんですが、今の日田下駄を作る機械じゃできないって言われていたんであきらめてたんです。でも、九重町で木工製品を作っている「grow」さんの協力があってなんとかできあがりました。ただし、2万円前後という金額がネックなんです。一から十まですべての作業工程が手作業なので、手間もかかれば時間もかかるので、今はどうしてもこの金額になってしまう。「下駄=安いもの」というイメージなので、ヒール下駄やミュール下駄を「かわいい」「欲しい」と言ってくれる若い人もいるんですが、金額を言うと引かれてしまいます。下駄が古くさいイメージがあるので、若い人に履いて欲しくて作った下駄ですから、いつか設備投資して量産して買いやすい価格で売りたいです。
- ―下駄のよさはなんですか?
- 下駄って健康にいいんですよ。土踏まずを刺激して脳を活性化するなど、科学的にも証明されてますし。お客さんからは木だから自然の温もりがあると言われます。夏場なんかは下駄を履き慣れたら普通の靴が履けなくなるくらい気持ちいいですよ。でも、若い人からは、「下駄で洋服はありえない」「率先しては履かない」って言われるので、「打倒ゴム草履」なんです(笑)。ゴム草履を履いてる人を見かけたら、あれを下駄に変えたいなっていつも思うんです。なんとかして若い人に、普段着でおしゃれに取り入れて欲しいと思うんですが、なかなか難しいですね。下駄を売るのはお土産屋さんや旅館がメインですが、僕はセレクトショップとかに置いてもらえないかと考えています。ジーパンなどに合わせて履いてもらうといいと思います。
- ―伝統工芸日田下駄についてどうお考えですか?
- 日田下駄ももう何百年も続いてきているので僕の代ではなくしたくない。でも、残してはいきたいけど、伝統工芸というのは売れない。後継者も不足してるしこのままでは正直厳しいです。日田の下駄組合の中では僕が一番若くてその上は40代。「おまえが下駄で成功したらうちの息子も後継がせるわ」とか言われてます(笑)。下駄職人だけじゃなくて、鼻緒生地を作るところも、下駄の型をつくる機械自体が手作りなんですよ。その機械もだいぶ古くて、そのメンテナンスをする人ももう2人しかいない。その方ができなくなったら日田下駄ができなくなるんですよ。なんとか、もう一度日田下駄を復活させたいですね。
- ―今後の展開を教えてください。
- 伝統を残しつつ、新しいものをつくる。新しいターゲットとして若い人たちに下駄感覚じゃなくていいので、とにかく履いてもらって、履きやすさをわかってもらって普通に履ける履物として愛用してもらいたいと思う。せっかく日本古来からある優れた履物なので、ゴム草履とかじゃなく下駄を履いてほしい。一回履くと感動してもらえる自信はあるので履かせるまでが勝負です。昔の履物だというイメージが定着しているのでイメージチェンジをはかって日田下駄の普及に努めたいですね。